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小説『愛なき世界』(三浦しをん)雑感 [読書]

小説『愛なき世界』(三浦しをん)
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少し前にしをんさんの書いた『舟を編む』を読んで面白かったので、他の小説も読んでみようと思った。割と最近書かれたもので『愛なき世界』という小説の題名に惹かれた。 内容を少し見ると、植物学の研究に生涯を捧げようとしている女性を主人公にした小説ということだった。『舟を編む』も辞書の編纂という、およそ小説になりにくそうな題材に取り組んで、見事な小説にしていたので、一見地味そうな(実際やや地味な読後感ではあったが)題材をどう料理するのか興味を持った。

たぶんこのジャンルに関しては門外漢であろう作者が、小説を書くにあたって大変な取材の努力をしただろうことは読んでいてよく分かった。他にも同様なアプローチとして、箱根駅伝を舞台にしたものや、就活がテーマのもの、文楽を解説したもの(これは随筆か)などがあるので、また読んでみようと思う。新境地を開拓するためのネタ探しともとれなくはないが、それ以上に未知のジャンルに対する旺盛な好奇心と知識欲のようなものがあるのだろうと思われる。それは作家であるかどうかと関わりなく見習いたいと思うことではある。

さて、この小説であるが、赤門で知られるT大で植物学の研究をしているのが主人公本村紗英である。ひょんなことから植物学の研究に興味を持つようになり、頑張ってT大の院試を突破し、今ではモデル生物としてよく研究対象になっている「シロイヌナズナ」の研究に打ち込んでいる。元々男女の恋愛というようなことが苦手だった紗英は、研究にいそしむうちに、恋愛や結婚よりも研究に生涯を捧げたいと思うようになる。
「シロイヌナズナ」
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洋食屋の見習い・藤丸陽太の店はT大の近くで営業しているため、植物学研究室に出前を運ぶようになり、紗英に恋をしてしまった。紗英の研究は成就するのだろうか。そして二人の恋は…、というようにストーリーは進んでいく。
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植物学研究者と料理人との恋という設定もなかなか珍しい組み合わせだ。シロイヌナズナの研究に打ち込む女性が主人公なので、実験の場面も多く、「メンデルの法則」とか「~変異体」とかの専門用語もたくさん出てくるので、一般読者(私もその一人だが)にはややついていくのが難しい部分もある。同じく門外漢である料理人藤丸の目を通して、植物の生態の不思議さを感じながら読むと、面白いと感じられるかもしれない。私は近所に住んでいて花の名などいろいろ教えていただいた方(花博士と呼んでいた)が大学で植物学を専攻していらっしゃったので、それを重ねながら読んでいくことが出来た。
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藤丸の料理人としての野菜などへの視点と植物研究の視点が、研究室の個性あふれる教授や院生たちとのやり取りの中で、不思議にシンクロしていくさまがなかなか面白かった。全ての動植物を支配しているかのようにも見える人間たちだが、長い地球の歴史の中では、それがなんぼのものだろう、という気にもさせてくれる。
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「愛なき世界」という表題であるが、登場人物たちを見つめる作者の目は、この上なく愛と慈しみに満ちている、そんな小説だと思ったことだよ。

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