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『李禹煥』回顧展@兵庫県立美術館 [展覧会]

『李禹煥』回顧展@兵庫県立美術館
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韓国出身で日本で活動している、「もの派」を代表する美術家「李禹煥(リ・ウファン、1936年生)」の回顧展を観てきた。浅学にしてこの作家のことも「もの派」という芸術潮流についても知らなかったが、香川県直島町に安藤忠雄設計の李禹煥美術館が開館されていると聞いて、著名な美術家だったのだとわかった(笑)。
美術館への道すがら、岩壁のフェンスにユリカモメが並んでいた。
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李禹煥の作品とどこかつながっているような、と後で写真を見て思ったことだよ。

入り口の立体看板。
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現代詩や現代絵画などにはやや苦手意識はあるのだが、優待券をいただいたのでこの際体験してみようと思ったのだった。平日は撮影可ということもあって、撮った写真を後でゆっくり見て振り返ろうと思った。
順路に従っていくつかの作品をあげておく。解説はしないのであしからず(笑)。
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自己は有限でも
外部との関係で無限があらわれる。
表現は無限の次元の開示である。
- 李禹煥 -
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本展では、「もの派」にいたる前の視覚の問題を問う初期作品から、彫刻の概念を変えた「関係項」シリーズ、そして、静謐なリズムを奏でる精神性の高い絵画など、代表作が一堂に会しているとのこと。
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「もの派」についてはwebに以下の説明があったので転載しておく。
戦後日本美術に「具体」と並ぶ重要な動向である「もの派」は、1970年代初頭まで続きます。「もの派」とは、木材や石など自然物と、ステンレスや鉄、紙などの人工物を素材そのままにくみあわせ人ともの、ものとものとの相互関係を見出すことを試みた一連の作家たちを示します。
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異質な「もの」の組み合わせや、「もの」と「空間」との関係性のようなものを表現しているのかな。音楽でも音と音のあいだの「間」が意味を持っていたりするけど、そんな感じなのかもしれないと思ったことだ。

韓国出身の彼がなぜ日本でずっと活動しているのか、ということが気になって、彼のプロフィールを調べてみた。「1936年に韓国慶尚南に4人兄妹の長男として生まれます。幼少期から絵や書を習い、点の付け方、線の引き方の基本を習得したといいます。その他にも、若い頃から文学を読むことに没頭したり、植物採集などに時間を費やしました。ソウルの高校を卒業後、ソウル大学校美術大学へ入学します。学生時代には東洋と西洋の思想と文学を読み耽ったそうです。在学中に叔父の病気の見舞いのため日本へ渡り、叔父の勧めもあり拓殖大学で日本語を学びます。その後、ソウル大学から日本大学文学部哲学科へと編入しました。リルケやハイデガーなどを中心に研究し、1961年に日本大学を卒業します。」

「中学時代に、釜山で朝鮮戦争を経験した李でしたが、1960年代には韓国の軍事政権に反対する運動や、南北統一運動に参加するようになります。世界中で若者が政治・社会運動に参加し、日々変化が伴う環境と、混沌と閉鎖感の中で、李は若き表現者として、そのエネルギーを芸術表現へと昇華していきます。」

日本統治下の朝鮮半島に生まれ、朝鮮戦争を経て、李承晩などの軍事政権に絶望して日本へ渡ったと思われる。ここにも民族の分断が背景にあったのだ、とウクライナの紛争の最中にある今改めて思ったことだ。そのことが彼のその後の思想や芸術上の志向にどのような影響を与えたのだろうと考えたりした。

彼の作品については、写真ではあるが、それを観ていろいろ反芻してみたいと思う。蛇足であるが、同じ頃、アナザー・ストーリーという番組で、フォークルの「イムジン河」の背景とその後について語られていて、戦後の朝鮮半島の歴史について、調べたり考えたりする機会を持てたことは良かったのかなと思った。

安藤忠雄図書館に、帰りに立ち寄った。そこを通るようになっていたから(笑)。
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ガラガラだった書架がいっぱいになっていた。
青いリンゴとも再会。
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様々な思いで頭がいっぱいになって館を退出した。
この時期の梅花。
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劇場型アクアリウム「アトア(átoa)」@神戸市中央区新港町 [展覧会]

「神戸ポートミュージアム(略称KPM)」の中にある「アトア(劇場型アクアリウム)」。
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神戸のウォーターフロント、メリケンパークの近くに去年の秋にオープンしたアトアという水族館に行ってみた。átoaとは、Aquarium(水族館) to(と) Art(アート)が掛け合わされたもののようである。知人が車を購入した際、お店から贈呈されたという入場券をいただいたので、そうでなかったら行く機会はなかったかもしれない(笑)。

メリケンパークの近くのパーキングに車を停めて歩いていると、港に帆船が停泊しているのが見えた。「海王丸」と書いてあった。
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メリケン地蔵尊の横を過ぎたところの広場に黄色の美しい花が咲いていた。
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珍しい花と思って後で調べると、イペーというノウゼンカズラ科の高木だった。日本最初のブラジル移民船「笠戸丸」が神戸港から出港して100年を記念して植樹されたものらしい。ジャカランダに次ぐ南米産の花樹を知ったのだった。

海沿いを歩いて新港突堤に来ると、コンクリートの要塞のような建物があった。これがアトアだった。
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中に入ると順路があって、テーマ毎の空間を巡っていくのだった。よく分からないまま歩いたのだが、4階まであって、次はどんなスペースなのか、ちょっとわくわくする感じ。水族館ということだったが、カピバラやカメレオンなど陸上の珍しい動物もいて、とにかく珍しいものを寄せ集めた感も強かった。だが、水族館というのはそういうものなのかもしれない。見た時は「これは何々」と名前が降臨したのだが、今振り返ってもちょっとも名前が浮かんでこないのは、シジマボケなのか(笑)。
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というわけで、撮影したものをランダムにいくつかあげておきたい。
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説明不要、というか説明不能につきお許しあれ。
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屋上の展望デッキからは港が見渡せた。
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一度は見ておきたいと思うアクアリウムなので、この稿をご覧になって興味を持たれたら、是非訪れるとよいと思ったことだよ。
アトア公式HP : https://atoa-kobe.jp/

多くの生物を一気に見て、頭がカオスになって帰路に就いた。
帰りにもう一度見たイペの可憐な花。
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古代エジプト展@兵庫県立美術館 [展覧会]

ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展
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年末に知人から古代エジプト展の券を頂いていたので、この日(6日)の午後行ってみた。2月末までだったので、急ぐことはないかと思ったが、正月明けにまた次の波がやってくるかもしれないと考えてのことだったが、どうも予想は悪い方向で当たっているようだ。

摩耶のモールに車を停めて、海岸沿いに歩くのはこれまでもあった。たまには違う所を歩くのもいいものだ。
海岸には冬鳥たちがいた。
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海側から見た美術館全景。
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安藤氏の「青いリンゴ」もあった。
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館内は感染対策のためか閉じられている入り口もあって、ぐるぐる回ってしまったが、単に迷子になっただけかもしれない(笑)。
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正面に回る。
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受付に行くと、これも人数制限のためか、事前予約が必要とのことだったが、平日で人が少なかったからかその場で予約することが出来た。週末に行かれる場合は注意が必要である。
展示会場入り口。
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ここまで周辺の写真が多いのは、会場内は撮影禁止だからということもある。
いざ会場へ。
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オランダのライデン国立古代博物館は、大英博物館やルーヴル美術館と並び世界屈指の古代エジプト・コレクションを持つらしいが、それらはかつて中東を植民地支配していたことに由来すると考えると、思いはやや複雑である。ともあれ、ミイラ棺12点を特別に立てた状態で展示してあるなど、浅学な身にも圧巻の展示であった。
参考までにwebからいただいた画像をいくつか並べておく。
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実際の展示とは異なるものもあるが、雰囲気は伝わるかと思う。
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同館の初代館長J.C. ルーヴェンスは将来的な技術の進歩を予見し、ミイラを傷つけることなく保存することを決めたそうで、展示されているミイラは完全に布で包まれたもので、逆にリアルな感じがした。CTスキャンを駆使して内部に何が納められているか、生前の病歴などが解明されている様は興味深かった。

3000年前の文明の素晴らしさを感じるとともに、不死の世界あるいは死後の世界という、壮大な「見果てぬ夢」の営みを見せつけられて、人生の終盤に差し掛かっている身としては、これまた複雑な感慨を抱きながら館を後にした。
周囲に置かれたオブジェ。
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アメリカ楓の並木はすっかり葉を落とし、実だけが残っていた。
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車に戻るとちょうど夕陽が沈むところだった。
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1月6日の夕月(月齢3.59)。右には木星。
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『伊能忠敬』展@神戸市立博物館 [展覧会]

『伊能忠敬』展@神戸市立博物館
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神戸市立博物館で『伊能忠敬』展をやっているというので行ってきた。正式には『伊能図上呈200年記念特別展 伊能忠敬』というそうで、文政4年(1821)7月10日に忠敬の孫の忠誨(ただのり)によって、「大日本沿海輿地(よち)全図」として 幕府に上呈されてから200年ということを記念して、というものらしい。この日も暑かったが、博物館から南に5分の京橋のあたりにあるタイムズに車を停めたのでさほど歩かずに済んだ。
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阪神高速の京橋ICのあたりはあまり来たことがなかったが、高速の下に実際「京橋」があったのでびっくり。東京の「日本橋」が高速の下に隠れてしまっているのと似ているなあと思ったことだよ。
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神戸市立博物館は前に一度来たことがあると思うのだが、何を観たのかはすっかり記憶から消えている。建物は桜井小太郎の設計で昭和10年(1935)竣工の、旧横浜正金銀行神戸支店ビルを転用したもので、重厚でクラシックな建物であった。
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平日のせいかコロナ禍のせいか人は少なく、1階のホールはがらんとしていた。ちなみに1階は無料で入場できるということである。ちらっと見たものを少しあげておく。
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特別展は2・3階ということで上がってみた。ここからは撮影禁止ということで本稿にあげている写真のいくつかはwebからいただいたものである。
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忠敬らによる測量事業は寛政12年(1800)からあしかけ17年を要した大事業であるが、「大日本沿海輿地全図」は幕府に上呈された後江戸城内に保管されていたものの、明治6年(1873)の皇居火災によって灰燼に帰し、東京帝国大学に保管されていた同図の控えも、大正12年(1923)の関東大震災で焼失したとされている。今回展示されているものは、大名家の手許に遺されていたものを集めているのだという。私たちが教科書などで見ている伊能図もそうしたものなのだと知って驚いた。よくぞ残っていたものだ。
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1日におよそ40kmを移動したと言われる歩測による記録や、それが地図になっていく過程も垣間見ることが出来た。和紙を張り合わせて大きな用紙にしているところなど、当時の作業の様子が生々しく伝わってきた。
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上総国山辺郡小関村の名主の家に生まれた忠敬が、50歳で隠居してから江戸に出て、天文暦学の修行を始め、55歳から過酷な測量事業に邁進したことは驚きであり、同じ年齢にならんとしている身も励まされる思いになった。かつて土木工学科を挫折リタイアした身としては忸怩たるものもあるが。また、以前読んだ小説「天地明察」で描かれた天文暦学者の渋川春海が活躍していたのは100年前のことで、鎖国の中にあった江戸期の日本が、決して同時代の欧米社会に後れを取っていたわけではなかったことを感じさせてくれたのだった。
記念に買った三角スケール。
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伊能図をもとに作成された日本地図。
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少し調べているとこんな面白いサイトもあった。
北関東3県は「宇都宮県」に 幻の28道府県案
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO91885620Y5A910C1000000/
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帰りに夕方の住吉川を歩測?したのは言うまでもない(笑)。
川で見たセイヨウニンジンボク(西洋人参木)。
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0630『印象派からその先へ』展 @兵庫県立美術館 [展覧会]

0630『印象派からその先へ(世界に誇る吉野石膏コレクション)』展
7月21日(日)まで。
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この日は日曜日だが雨模様だったので、お客さんもそう多くはなかろうと思い、行ってみることにした。吉野石膏株式会社が社内の創造的環境づくりを目的に1980年代から収集を始めたという吉野石膏コレクションから70点余りの作品が展示されているということだった。1991年、創業の地、山形県の山形美術館に作品を寄託して現在に至っている。山形まで行けばいつでも観ることができるんだな。
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午後になって雨は上がっているようだったので、摩耶の複合施設に車を停めて、ウオーキングがてら歩いた。HAT神戸を美術館に向かう道の街路樹は「アメリカフウ(楓)」(別名:モミジバフウ)。西浜公園にも数本あった。この時期は緑色の実が生っている。紅葉も美しいようだ。
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会場周辺はパネルでいっぱい。
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この展覧会は、1章:印象派誕生、2章:フォーヴから抽象へ、3章:エコール・ド・パリ、の三ブロックに分かれていて、印象派からキュビズムへと作風が変わっていく過程が私のような素人にもたどれるようになっているのはよかった。ただ全部で72点もあるので、途中で疲れてしまうのはいつもと同じだ。しかも今回は割と名の知られた画家の作品が多くて、途中を端折ることも難しかったのでなおさら疲れた。途中で休むとか観方に工夫がいるなあ、と思ったことだよ。
webからいただいたものをいくつか。
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今回も印象派のちょっと先ぐらいまでは何とかついていけるのだが、キュビズムなどの抽象画は、わからないという気持ちが先立ってしまう。もっと感覚で受け止めればいいと思うのだが。それでも今回観た中ではシャガールの絵が、色彩の強烈さで印象に残った。具象と抽象がミックスした感じがいいのかな。ちょうどジャズの進化をたどった時に似た感覚に襲われてしまうのもいつもと同じだな。
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そのシャガールの中で「逆さ世界のヴァイオリン弾き」という作品があって、身近にいるヴァイオリン弾きを想起したので、一枚だけはがきを買った。
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もう暫くはやっているので、平日に改めて行ってみたい気もしたが、行けるかなあ。まだ行かれてない方々には私のつたない感想より遥かに良いので是非観に行かれるとよいと思ふ。
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帰りは海岸沿いに歩いて帰った。雨に降られることもなく、ウォーキングもできたのはよかった。
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0302 プチ展示 「紙切り虫のしわざ」@伊丹市昆虫館 [展覧会]

0302 プチ展示 「紙切り虫のしわざ」@伊丹市昆虫館
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少し前、神戸市在住の切り絵作家、いわたまいこ氏を紹介した番組を見た。どこに行ったら見ることができるかなと調べてみると、伊丹の昆陽池公園の中にある「伊丹市昆虫館」(伊丹市昆陽池3丁目)でプチ展示をやっていると知ったので、この日の午後行ってみた。昆陽池に行ったのは2年前の秋だった(→記事参照)。その時は昆虫館は閉鎖されていて入り口までしか行けなかったのだった。

いつものように少し早い昼を食べてから出たので、公園の駐車場に着いたのは13時過ぎ。
昆陽池。
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いつも思うのだが、池の中の日本地図をかたどった島、どうやったら見えるのだろう。仁徳天皇陵(今は違う名になっている)も同じ悩みを抱えているらしいが。
昆虫館は駐車場横のトレイルを400mほど歩いた先にある。結構なウォーキングコースだ。
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途中の道は竹林や多様な種類の木々が植えられていて、森林植物園みたい。
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10分も歩くと昆虫館に到着。
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入り口には大きな蝶のオブジェが。
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館内に入ると、昆虫の住む木の大きな模型や、巨大な女王蜂が出迎える。
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これを可愛いと感じるか不気味と感じるかは分かれるところだろう(笑)。
2階の一部がプチ展示の会場。
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「プチ」なので作品はそれほど多くない。
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ちょっと拡大。どれも非常に緻密な作業が施されているのが分かる。
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いわたまいこ氏が切り絵作家になったのは、王子動物園で働いている時、子供向けのイベントで動物の切り絵を披露したことがきっかけだったそうだ。何が生涯の仕事に結びつくのか分からないなあ、とその出会いの運命の玄妙さに感心した。
プロフィール。
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切り絵に使う道具たち。
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モチーフになった虫たち。どれが本物か分からないのもあった(笑)。
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展示を観た後ふと窓の向こうを見ると、温室になっていて蝶が放たれているようだった。
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飛びまわる蝶を撮るのは難しかったが、いくつか温室の花と蝶を。
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小一時間ほど昆虫館を楽しんで駐車場に戻り、池の水鳥も少し見た。
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渡り鳥はほとんどいなくなっていたが、残っているのもいた。餌に釣られたのだろうか。
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昆陽池も春になったらまた様相を変えるのだろうな。いわたまいこ氏の展示は3月25日までやっているので、この記事を見て興味を持たれたら是非覗いてみるとよいと思ったことだよ。

切り絵作家 いわたまいこHP
https://www.mycopapercutting.com/

※写真は撮ってもよいとあったので撮りましたが不都合があれば削除します。


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0803 MIHO MUSEUM(ミホ ミュージアム)@ 滋賀県甲賀市信楽町 [展覧会]

0803 MIHO MUSEUM 特別展「赤と青のひ・み・つ 聖なる色のミステリー」。
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MIHO MUSEUM(ミホ ミュージアム)は、滋賀県甲賀市信楽町田代にある滋賀県の登録博物館である。山の中にある「桃源郷」をイメージして造られている美術館で、建物が素晴らしいという話だけを聞いてこの日行ってみることにした。近くに「鶏鳴の滝」という名瀑があるらしいのでそれとセットで、猛暑が続く中少しは涼感があるかなと思ったので。

行きは高速に乗って、新名神の草津田上ICから地道。珍しくも大津SAで休憩をとる。通り過ぎることが多いが、琵琶湖が遠望できるいいSAだ。
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途中の道沿いに「秀明自然農法しがらきの里」という看板があり、??と思いながら通り過ぎた。これが目的地のミュージアムと関連があるとはつゆ知らず。11時過ぎに駐車場に到着。係員が丁寧に誘導してくれてちょっと驚く。駐車場から先ず入ったのはレセプション館というところ。
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ここから徒歩もしくは電動バスでミュージアムに移動するようだ。レストランでは先ほど見た農場で採れたものが出されているという。今回は食べなかったけど。
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暑いので無料のバスに乗ることに。
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トンネルを抜けるとそこは桃源郷、という趣向らしい。春は枝垂桜が美しいという。美術館のエリアは完全禁煙ということなので、展示品の保存には相当気を使っているようだ。
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前庭の植栽もかなり手を入れてあるという風情。建物はあのルーブル美術館のピラミッドを設計した著名な建築家 I・M・ペイが設計したそうで、半地下に埋められているのは周囲の自然との調和を目指したものらしい。
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確かにこの建物を見るだけでも価値があるなあと思ったことだ。
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今やっている夏の特別展(6/30~8/26)は「赤と青のひ・み・つ 聖なる色のミステリー」というもので、太古の人々にとって「色」がどのような美的・宗教的意味を担っていたのかを、赤と青という二つの色に絞って探るというものだ。赤と青を表す顔料などを手がかりにして展示されてあった。
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親子連れを意識しているのか、分かり易い説明のパネルやプロジェクターで投影されるイラストなど、子供にも興味を持たせる工夫を感じさせるものが多々あった。
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webより
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こういう古代の遺物についての知識はあまりないが、素人目に見てもこんな貴重なものを良く集められたな、という思いで、次々と現れる展示物に見入ってしまった。これを見るだけでかなりの労力を費やした。
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こちらにも喫茶のコーナーはあって、珈琲や軽食をいただくことができた。珈琲を飲んで一休み。
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かなり見疲れたので、後半は常設館をチラ見しながら電動バスの乗り場に行き、レセプション館に帰った。
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たくさんのものを一度に見たので、未消化の感が強かったが、もうお腹いっぱいという感じだった。JAF割引で900円という、この手の美術館(博物館)としては格安なので、また来たいと思ったことだよ。

MIHO MUSEUM という名の由来がよく分からなかったので、帰ってから調べると、このミュージアムは世界救世教(更にたどると大本教にたどり着くらしい)から分立した宗教法人神慈秀明会の会主・小山美秀子のコレクションを展示するため、1997年に開館したのだと知った。膨大なコレクションの数々、係員の不思議に丁寧な対応ぶりなど、ややいぶかしく思っていたことが氷解した。ただ、宗教法人の運営といっても、政治的な活動の要素はあまりないようで、若干の宗教的なアピールは感じられるにしても、芸術は芸術と割り切ればさほど問題はないようにも思われた。ちなみに初代館長はあの梅原猛さんだったそうだ。それにしても宗教団体の資金力のすごさには驚かされたが。

1時過ぎにミュージアムを出て、次の「鶏鳴の滝」に向かったが、自然食のレストラン「Peach Valley」で昼を食べればよかったなあ、と後になって思ったことだよ。

<参考>「永遠の至福を求めて」「MIHO MUSEUM世界の古代美術」

後半に続く…。
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0718「プラド美術館」展@兵庫県立美術館 [展覧会]

0718「プラド美術館」展@兵庫県立美術館
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「プラド美術館」は1819年に王立の美術館として開設された世界屈指の美の殿堂だそうだ。6月の終わりごろに、学芸員による解説会と観覧チケットがセットになったものが手に入ったので行ってみた。その日は土曜日でジブリ展もあってごった返していて、解説会だけ聞いて観覧はまた別の平日に行こうと思っていたら日が経ってしまっていた。その上、撮っていた写真のSDカードが読めなくなってしまって、それを何とかしようと思ったがどうにもならなかった。SDカードのこの不具合の多さはなんとかして欲しいものだ。
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さて、豪雨の後灼熱の日が続いて、こんな日には美術館で涼むに如くはなし、と午後に出掛けてみた。シー・スクウェア摩耶に車を置いて、摩耶海岸通を歩いたのだが、二週間前と全く違って、海風に吹かれながらのウォーキングとは程遠いものだった(笑)。
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館内は前回とうって変わって閑散としていて、ゆったりとみることができた。ベラスケスの作品6点が「芸術・神話・知識・宮廷・風景…」の各テーマの部屋に一点ずつ展示されていて、彼の作品がハイライトということがよく分かった。どの絵も精密に描かれていて、素晴らしいと思ったが、この時期は宮廷画家として活動した画家が多かったためか、「風景」や「静物」のブロックの絵も必ずといっていいほど人物がどこかに配されていて、風景や静物がそれそのものとして絵画の題材とはなり得ていなかったのかなと思われた。
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ただ、宗教画のなかで「東方三博士の礼拝」などでは自分や身近な人物をモデルとしていたり、「バリェーカスの少年」のように、当時虐げられていた人々も同じ目線で描いているなど、身分にとらわれない視点も見られて、そういうところが彼らにとっての「時代の壁」を超えている、あるいは知らずに超えようとしている側面を見たような気がした。後年の印象派の巨匠マネはベラスケスを「画家の中の画家」と称したそうで、すぐ後の時代の画家だからこそわかるベラスケスの偉大さというものかもしれない。10月までやっているようなので、機会があれば(それも是非平日に)観られるとよいと思ったことだよ。
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せっかく涼しい館内で静かに絵画鑑賞できたのに、また灼熱の中車まで戻るはめになった。コンビニで「ダカラ」を買って熱中症を免れたのは言うまでもない。今度海岸通を散歩するのは秋口になってからにしようと固く心に誓ったのであった。

<参考>兵庫県立美術館HP

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1209 個展『白いの丸いの平たいの』@大阪天下茶屋付近 [展覧会]

個展『白いの丸いの平たいの』。
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FBで偶然告知を見つけたので、この日天下茶屋界隈に出かけてみた。出展者のアーティストである”たくまゆう”さんは私の現役時代最後の数年間非常にお世話になった方である。HPやパンフレット作成や各種行事の準備・進行など彼女がいなかったら成しえなかっただろう。その後教職から離れ、地域のコミュニティ等で活動されているらしいとは知っていたが、今回小さいながら個展を開くようになるまで活動が深まっていることは喜ばしい限りである。

会場は大阪天王寺の南の下町天下茶屋にほど近い galerie「見る倉庫」(大阪府大阪市西成区岸里東1-5-25)という所である。名前の通り古い倉庫を改装したギャラリーで、「特定非営利活動法人 W・I・N・G−路をはこぶ」さんが施設の一角をギャラリーとして運営されているようだった。
どこかレトロな外観。
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外からも覗けるような開放感あふれる会場で、入ると中央に大きな構造物があり、その前と周囲の壁に作品が展示してあった。ご当人はもとより、特に担当者らしき方もいないのをよいことに、いくつか写真を撮った。
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テーマの『白いの丸いの平たいの』は、なんとなく分かる感じもするが、それ以上については観る人の感性に委ねられているのだろうな(分からんのかーい!)。ほのぼのとしたキャラクターの一部は数年前に見た別の作品とつながっている感じがして、懐かしくもあり、作者の一貫した思い入れを感じてほほえましく思われたことだよ。
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12月29日までやっているらしいので、お近くに寄られる機会があったら覗いてみられるとよいと思う。置いてあった名刺を見ると、イラスト・チラシ等の製作と並んで映画作品の美術担当もやられているらしいので、今後ますます活躍されることを祈念しつつ、会場を後にした。

最寄りの駅は阪堺線の聖天坂駅である。
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実はついでに阪堺線の電車を見たかったというのもあった。その写真をいくつか。
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ここからも見えた「あべのハルカス」。
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大阪でもこの辺りはあまり来たことがないなあと思っていたが、 「住吉大社」と「長居公園」には前に来ていたんだった(笑)。


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1115「 天龍寺」の紅葉&「国宝展」その2@京都市 [展覧会]

「国宝展」ポスター。
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その1はこちら

後で考えたら、嵐山でもう少しゆっくりして昼ごはんも食べ、2時過ぎに博物館に向かえばよかったのに、昼には少し早かったものだから、11時前に嵐山を発ってしまった。早朝がいいものと午後がいいものとの組み合わせがそもそもまずかったのかも知れない。それと待つのがいやという自分の性格を考えたらもっと計画的に行動するべきだった(泣)。

博物館の近くのパーキングを探したがどこも一杯。もう会期も終りに近いからと「国宝展」を侮っていたな。誰かも書いていたけど平日暇な熟年層がいかに多いことか(自分もその一人)。やっと車を停めて、先に観てから昼にしようと博物館に向かった。
「京都国立博物館」南入り口。
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門の中は広大な敷地で、ゆったりした気分に浸れた。
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こんなモニュメントも。「考える人」はレプリカだが。
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待ち時間50分と聞いてひるんだが、今さら引き返せないので並ぶことにした。それにしてもすごい列。
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この日は陳列されていなかった「風神」。
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4人横並びで列を進んでいくと、途中折り返しがあり、境界のロープもないのに皆整然と並んでいる。ここにも「勤勉な日本人」を垣間見たが、ある意味恐ろしい民族性のような感じもした。いつからこうなったんだろうなあ。

会場に入ると1Fから3Fまでどこへ行ってもいいようなので、まず2階に向かう。家人が「この二つだけは観たい」と言っていたので、それを探しながら空いたところを覗くという邪道な見方をしてしまった。その二つをwebから。
尾形光琳の「燕子花図屏風」。
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『伊勢物語』の「東下り」の挿絵になっているもの。業平の「かきつばた」の折句がある。 
「唐衣 着つつ馴れにし 妻しあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」
神護寺三像(じんごじさんぞう)。
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左が有名な源頼朝の像だが、別人の肖像だという説が最近では強いので、「絹本著色伝源頼朝像、絹本著色伝平重盛像、絹本著色伝藤原光能像」と「伝」が付けられている。でも長年そう思って見てきたので「頼朝」にしか見えないけど。
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「金印」とかは人が群がっているので近寄る気にもならず、スルーして会場を出た。
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200点の国宝が一堂に会するというのは確かにすごいことだが、もし空いていてゆっくり観られたとしても、全部観きることは難しいのではないか。自分のような素人は「本物に接した」という感動だけを持ち帰って、あとは週末の「歴史ヒストリア」でも録画してゆっくり鑑賞するのがよいのかな、と思ったことだよ。
1時前に会場を出て、R171の途中で遅い昼食を摂り、茨木ICから高速に乗って帰途に就いた。


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1017『広重展』@芦屋市立美術博物館 [展覧会]

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なんか浮世絵づいているのか先週に続き、歌川広重(1797~1858)の展覧会に行ってきた。こちらは家から歩いて5分の「芦屋市立美術博物館」で開催されていた。実は30年以上住んでいて初めて行ったのだったよ(笑)。近すぎて行かなかったのかな。家人は引っ越してきてすぐに一回だけ行ったらしい。数日前に夜のウォーキングをしている時、臨港線沿いの案内板に書いてあるのを見つけたのだった。埋め立てられる前は海岸沿いの地だったので、臨港線より3mぐらい下にあり、車で通りかかっても目立たない。すぐ隣に「谷崎潤一郎記念館」「芦屋市立図書館」が並んでいて、芦屋の文化ゾーンの一角なのだ。
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「谷崎潤一郎記念館」。
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「芦屋市立美術博物館」全景。
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今回の展示は『生誕220年 広重展-雨、雪、夜 風景版画の魅力をひもとく-』ということで、『東海道五十三次』(保永堂版)を中心に総展示数約150点だという。自分の幼少期の記憶で言うと、北斎より広重の方がなじみが深かったような気がする。あの永谷園の「お茶漬けの素」のオマケに広重の絵のカードが付いていて、ちょっと集めていたこともあったような。それもあるけど、やはり『東海道五十三次』の宿場町が描かれていたというのが大きかったのではないか。子供心に旅への憧憬が醸成されたのかもしれない。また、ゴッホなど印象派の画家達が影響を受け、広重の模写をしたというのも記憶に残っていた。
広重の絵とゴッホの模写(展示はされていないw)
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中に入ってみよう。北斎展と違ってお客さんはまばらだった。
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一応事前にネットで下調べして、『東海道五十三次』は保永堂版以外に行書版・隷書版などがあるとは知っていた。初めに保永堂版が全部揃いで展示されていて、「おお、よく見ているやつだ」と思いながら見ていた。それぞれの絵に付いている解説がなかなか面白く、「webで見てるのと変わらない」とは思わずに見ることができた。やがて行書版・隷書版が現れ、続いて広重の風景画を背景に歌川某の美人画が描かれたもの、狂歌が書かれているものなど様々なバージョンが出てきて驚いた。様々な版元の要請に次々と応えていくバイタリティに感心した。
web から頂いた絵をいくつか。
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解説にもあったけど、広重の風景画には必ず旅人やその地で働く人々の姿が描かれていて、当時の暮らしぶりがうかがえるのが何より素晴らしいと思った。また、写真を撮るときのアングルの参考になるところも多々あった。そのあたりも広重に心惹かれる要因のような気がする。北斎より広重の方が40年以上先輩だったようだが、『東海道~』と『富嶽三十六景』はほぼ同じ時期なので、互いにライバルとしてしのぎあったんだろうな、と想像するのも楽しかった。近くなのでまたいい展示があったら見に来ようと思ったことだよ。

美術館を出たところのお宅に大きな酔芙蓉の木があった。あんなに近所を探したのにこんなところにあったなんて。
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これはエンジェルトランペット。
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1012 『北斎展』@あべのハルカス美術館 [展覧会]

『北斎展』のポスター。
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先に、ドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』や北斎の特集番組について書いたが、「あべのハルカス美術館」で大英博物館などと提携した展覧会があるというので行ってきた。実は「あべのハルカス」自体にこれまで行ったことがなかったのだ。天王寺動物園の地下駐車場に車を入れて、10時過ぎにハルカスに入った。
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美術館は16階にある。エレベーターから出るとたくさんの人が並んでいた。
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「待ち時間50分」と書いてあったので、帰ろうかなと一瞬思ったが、「チケットのある方は左。20分待ち」とあったので入ることにした。家人が元町のチケット屋さんで前売り券を買ってくれていたおかげである。そうでなかったらもう一度出直すこともしなかっただろうから。会場に入ると初めの方のブロックに人だかりができていた。「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」や「富嶽三十六景 凱風快晴」がそこにあったのかもしれない。しばらく待っても埒があかないので、先へ進んで空いているところににじり寄って観るとややじっくり鑑賞することができた。なんせ約200点の作品が狭い会場にびっしり展示されているので、ゆっくり観ることができたとしても全部は観きれなかったかも知れない。

それでも確かに観たぞ、というものをいくつか(写真はwebより)。
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展覧会に来ると「本物を観た」という感慨がある一方で、じっくり観ることができないというジレンマがあるなあ。細かいタッチなど現物で初めて分かることもあるだろうけど、我々のような素人鑑賞者はwebやTVなどで精細な画像をゆったりと観た方がいいような気もする。

会場のある16階には空中庭園もあり、大阪の街を俯瞰することができた。高所恐怖症だからというわけではないが、最上階まで行かなくても十分満足できたような気になった(負け惜しみ?)
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ハルカスにはレストラン街もたくさんあり、12階の四川料理の店で麻婆豆腐天津丼なるものを頂いて帰路についた。お土産は北斎の絵の2018年カレンダー。
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もう少し経ったら少しは混雑が治まるかも知れないし、夜が空いているという話もある。また前期後期で出展作品が異なるものもあるので、これから行かれる場合は事前に調べる必要があると思ったことだよ。
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<おまけ>二日前に撮った夕日の絵?
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『ベルギー奇想の系譜展』@兵庫県立美術館 [展覧会]

『ベルギー奇想の系譜展』
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「怖いの?楽しいの?不思議なの?」のキャッチフレーズでwebを賑わしていたので興味は持っていた。あと一週間と知って土曜日の午後観に行って来た。平日に行けば良かったが、あれこれ些事があったので。土曜日は8時まで延長しているせいか、お客さんも多かった。
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ベルギーという国はビールで有名としか知らなかったが、今回少し調べてオランダ王国が二分して出来た国だということぐらいは分かった。このあたりの歴史はハプスブルグ家がどうのこうので、いろいろ変遷しているので高校の世界史のかすかな知識では把握できないなあ。オランダがプロテスタントの国でキリシタン弾圧後も日本と通商できたというのは、少し前に読んだキリシタン弾圧の歴史を書いた本で知ったが、ベルギーはカトリックの国だったんだと知った。
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中世末期に現れたヒエロニムス・ボスの描く悪魔や怪物のような「幻想絵画」「奇想画」の系譜が近現代の「象徴主義」「シュルレアリスム」に連綿と繋がっている様をたどることが出来た。ただ絵によっては非常に小さくて細かく、顔を近づけたら係員から「帽子は後ろ向きに、顔を近づけすぎないように」と注意された。地獄図などの小さな絵はどこに飾られているんだろうと不思議だった。もしリビングや寝室に飾られているのだったら、食事も喉を通らないだろうし、悪夢にうなされて眠れないのではないか、と思ったことだよ。
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カトリックでは「七つの大罪」というものがあり、それは「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「怠惰」「傲慢」「嫉妬」というそうだ。それぞれのテーマに沿った絵もあったが、なにか仏教の地獄図と通底するところがあるように思われた。それはイスラムでも同じなんだろうな、と思った。人間の生き方にはそれほど大きな差があるようにも思われないから。それなのに、少しの違いが重大な違いのように解釈されて、宗教戦争のようなものが未だに続いているのは哀しいことだな、とも思ったことだ。
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というわけで、門外漢が観てもあまり理解できなかったかもしれない展覧会であったが、絵そのものからは少しはずれた「人間の営み」について考えさせられるところの多い展覧会であった。今週末で終わるようだが、7月15日から東京のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されるらしいので、興味のある方は、東京に行かれたついでに観るのもよいかも知れない(笑)。
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1012「生誕300年若冲の京都 KYOTOの若冲」@京都市美術館 [展覧会]

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8月に京都の細見美術館で「若冲展」があると知って、行きたいなと思いつつ終了してしまっていた。ところが今年は若冲の生誕300年ということで各地で「若冲展」が目白押しらしく、この時期京都市美術館でもやっているらしいので行ってみた。京都市美術館は数年前「ゴッホ展」に行って以来だった。
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伊藤 若冲(いとう じゃくちゅう)は、正徳6年(1716年)生まれの京の絵師で「写実と想像を巧みに融合させた『奇想の画家』らしい。今まで全く知らなかったが、この春からよくTVで特集番組が放映されていて興味を持ったのだが、生誕300年だったからだな、と改めて気付いたのであったよ(笑)。花鳥画、特に群鶏の絵の細密な描写と色使いに、テレビで見ていても圧倒された。
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今回の展示は、TVで観ていたようなカラフルな絵はそんなになくて、墨絵のようなものが多かった感じだが、若冲が様々な手法を試していた過程が垣間見られた気がしてよかった。若冲は京・錦小路にあった青物問屋「枡屋」の当主であったが、40歳で隠居し、絵師として作画三昧の日々を送ったとのことで、金持ちの爺さんの手遊びともとれるが、逆にそれが彼の自在な方法を生み出したとも言えるように思った。
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細密な花鳥画とは対照的に、数少ない人物画や当時珍しい「象」の絵などには、デフォルメや漫画っぽい描写もあり、彼の手法の幅広さを感じさせる。
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リアリズム(写生)と当時の画壇の画風の影響を感じさせるものなど、彼が何に縛られ、何から自在であったのか、など色々考えさせられることが多かった。代表的な作品の載った画集でも買おうかなと思ったことだ。
※絵の写真はwebよりいただきました。

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さて、2時半ごろ美術館を出たので、思いついて一月前に訪れた「大乗寺」に立ち寄ってみた。「酔芙蓉」が午後から夕方に色が変わっているのかを確かめるため(なかなかしつこい)。結果は前回ほぼ真っ白で前日の花のしぼんだ紅しかなかったのが、淡いピンクなどバリエーションがあって、納得できた。
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4時過ぎたらもっと色が濃くなっているかもしれないけど、今回もそこまで待てない中途半端な私であったことだよ。




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特別展「始皇帝と大兵馬俑」@大阪・国立国際美術館 [展覧会]

美術館エントランス前の「兵馬俑」。
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大阪で「始皇帝と大兵馬俑」展(7月5日~10月2日)が開かれるのは大分前から知っていたが、暑かったりオリンピックがあったり(関係ないか)と行く機会を失っていた。あと半月になったので急遽行ってみることにした。金曜日は午後7時までやっているので5時ぐらいに着くようにと車を走らせた。

この美術館は当初は万博記念公園にあったのを、2004年(平成16年)に現在地(大阪中之島)へ移転したらしい。隣には大阪市立科学館があった。こちらも以前あった大阪市立電気科学館が1989年に閉館したのに伴い代替施設としてできたとのこと。中之島図書館などと併せて一大文化ゾーンとなっているのだなあ。

近くに40分300円のパーキングがあったので「80分はいないだろう」と思って駐めたのだが、少しばかり越えてしまったのであったよ。予想以上の展示だったということだ。

巨大なオブジェと見えたのは、エントランスゲートで、竹の生命力と現代美術の発展・成長をイメージしたものだという。
ちょっと写真に加工を施してみたw
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特別展は地下二階にあり、長いエスカレーターを下りていく。途中の踊り場で写真を撮ろうとしたら、どこからともなく係員がやってきて、「通行の妨げになるので撮影はお控えください」と言われた。今はそんなに混んでないのにと思ったけど。そういえばやたらと係員が多かったような気がしたが、中国から借りてきたものだから粗相のないように気を使っているのかな?
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会場には兵馬俑以外にも、彼が天下統一後行った万里の長城の建設や度量衡・通貨の統一などの事業の数々を垣間見させる出土品なども展示され、興味深かった。前221年に天下を統一し、前210年に崩御するまでの10年余りの間に、一気に諸制度を改革していった始皇帝のバイタリティに改めて驚かされた。
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兵馬俑は将軍・御者など役職によって造形が異なるが、その異なる種類を一体ずつ陳列してあった。本物の人間を横に立たせて職人に造らせたという像は2000年前のものとは思えない、リアリティに満ちたものだった。
これはwebからいただいた。
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展示会場の終わりの方に写真撮影用の兵馬俑軍団(レプリカ)があった。
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秦王に即位した前247年から自身の陵墓建設に着手したとあるが、今の我々から見れば国費の無駄遣いとも思えるような作業を行いながら、その裏で天下統一をしていったとは驚くばかりである。首都咸陽の阿房宮は項羽によって焼き払われるが、その後入った劉邦によって保全されたとも言われている。始皇帝陵も、項羽がそのまま残っていたら墓もあばかれ、破却されていたかもしれない。改めて貴重な遺産なのだと思ったことだよ。

ともすれば「項羽と劉邦」の方にばかり目が行きがちであるが、劉邦も中国を再統一したとはいえ、始皇帝の業績のいいとこ取りをした感もある。改めて「秦」という国の歴史を学んでみようと思いつつ美術館を後にした。
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『キングダム』をまず読むべきか(笑)。
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『藤田嗣治』展@兵庫県立美術館 [展覧会]

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もともと昼夜転倒気味の生活をしているが、連日の酷暑に加えてリオ・オリンピックまで始まって、生活リズムはほぼ崩壊状態であるw  夕食の後ひと寝入りして10時ごろ起きだして、深夜までTVをつけながらネットを見たり、今度やろうと思う曲の歌詞やコードを確かめたりするような日々である。

珍しく朝8時過ぎに起きたので、負の連鎖を断ち切ろうと外へ出た。映画も観たいものがいくつかあるが、時間が合わなかったりでうまく決まらない。そこで、以前何度か行ったことのある兵庫県立美術館で『藤田嗣治』展をやっているというので行ってみることにした。退職後も送られてくる割引券で半額になるというのもあった。なんだか申し訳ない気もするが、現職の頃はほとんど使わなかったので、まあいいか。
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軽い気持ちで行ったのだが、展示されている作品群は全部で120点以上もあって、なかなか見ごたえのあるものだった。

藤田嗣治は教科書などに載っているものや、時々話題になっている時にいくつか見ただけで、あの特徴あるおかっぱ頭とチョビひげぐらいが印象に残っていたぐらいだった。展示されている作品を説明を読みながら観て歩いただけで2時間近くかかってしまった。飽きっぽく、これまで絵画展に行ってもいくつかの目玉作品を観て後はさっと通り過ぎるような鑑賞者でしかない私にしては異例のことである(笑)。

文学作品を読む場合も、全集を読むことで初めてその作家の全貌が分かるということがあるが、それに近い感じで藤田嗣治という一人の画家が第1次大戦から戦後に至るまで日本とフランスで、毀誉褒貶にさらされながら、いかに生きていったかということを年代記風にたどることができた。

生涯で4度の結婚をしたことにも興味を惹かれたが、黒田清輝に師事していた初期の作品、第一次大戦後のパリで画壇の寵児となった頃の作品(中にはキュビズム風の作品やゴッホ風の作品など、彼が色々なスタイルを試みていたことがよくわかる)、戦時中従軍画家として戦地に赴いて描いた戦意高揚のための作品、戦後日本を追われるように再びパリに赴き、洗礼を受け、フランス国籍を取得した頃の宗教画まで、目まぐるしいまでの画風の変遷をたどることができた。

目をひいたのは、面相筆という日本画用の細筆を使って輪郭線を描くという、洋画の中に日本画の要素を取り入れているところだった。日本の画壇からは日欧の折衷として批判の的になったようだが、当時のパリ画壇では斬新なものとして受け入れられただろうということは、門外漢の私でも容易に想像できる気がした。
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また戦時中の戦争画であるが、当時の軍部からの強い要請でやむなく描いたのか、本人もお国のために積極的に描こうとしたのかは定かでないが、「アッツ島玉砕」の絵などからは、単に戦意高揚のためというにとどまらず、戦争の悲惨さ、愚かさが結果として強く描き出されているように感じられた。文学者たちの戦争協力作品と違って、対象をそのまま描き出そうとすれば、その意図がどのようなものであれ、真実を描き出してしまうという、絵画というものの本質を垣間見ることができた気がした。
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兵庫県立美術館は以前王子動物園の西にあったのが、新たにHAT神戸に建てられてもう14年になる。駅からやや遠いが、安藤忠雄設計の建物も美しく、ゆったりと過ごせるいい美術館である。これからも時々情報を調べて訪れたいと思ったことだよ。
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付録:嗣治の扮装をして記念写真を撮るというコーナーがあったw
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※絵の画像は「東灘ジャーナル」からいただきました。


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