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小説『舟を編む』(三浦しをん)雑感 [読書]

小説『舟を編む』
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久しぶりに本を読んだ。直近に読んだ本は?とブログを見ると去年の2月が最後だった(笑)。元国語教師としては面目ないことこの上ない。バンド活動がやや忙しくなったこともあるが、映画はそこそこ観ているのにと思うと、やはり映画やTV、ネットで情報を得る方がお手軽なので、ついついそっちに走ってしまうのだろう。仕事を辞めてじっくり物事を考えたりゆったりとした生き方をしたいと思っていたはずなのにねえ。

三浦しをんの書いたこの小説は、2012年の本屋大賞を獲ったので題名は覚えていた。もう図書館の仕事はやっていなかったが、本屋大賞のベスト10のいくつかはよく購入していたので、目に付いていたのかもしれない。遅ればせながら読んでみることにした。

『舟を編む』という書名からは航海に関係した話かなと思われたが、辞書の編集をテーマにした小説であったことにまず驚いた。およそ小説のテーマになりそうにないと思えたからだ。命名の由来は「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」ということらしい。国語学者の大槻文彦が明治期に編纂した日本初の国語辞典『言海』から来ているのかな。地道な辞書の編集の作業はさして面白くもないだろうと思って読み始めたが、そんなことは全くなかった。
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「岩波書店」などをモデルにしたと思われる架空の出版社「玄武書房」の営業部員だった馬締(まじめ)光也は、辞書編集部を定年退職することになり、後継者を探していたベテラン編集者・荒木にふとしたきっかけで見出され、辞書編集部に異動になり、中型国語辞典『大渡海』を刊行するための編纂の作業に携わることになる。大学院で言語学を専攻していた馬締だが、名前の通り真面目で融通の利かない性格が災いして、営業部では厄介者扱いされていたが…。
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およそ小説の主人公にはなりそうにない馬締だが、作者の温かくユーモアに満ちた描写で実に魅力的な人物に見えるのが不思議だった。まあ、下宿の一階の全ての部屋が馬締の書庫になっているというところや、その下宿のおばあちゃんの美しい孫娘の香具矢との出会い、その彼女が板前志望であるという設定など、物語が単調にならない工夫は至るところにされているのだが。
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辞書編纂の過程の描写については非常に興味深く読むことが出来た。中学生のころ旺文社の「国語総合辞典」だったかな、横書きで和英辞典も兼ねているよくできた辞書で、ずいぶんお世話になった。作中でも出て来たように、思春期の少年が性的な興味を辞書を引くことに費やしたりしたことが自分にも少なからずあったので、そういったディテールもこの作品の面白さの一つであると思われる。大学で工学部から文学部に転部した時も、行きがかり上言語学をやりたいなどと標榜したことも懐かしく思い出された。

言葉に対するちょっとしたこだわりや、細かいところが気になる(右京さんじゃないけど)点などは今の自分の人格の大きな部分を占めているのかも知れないなあ、と読みながら思った。ともすればそれを周囲に対して敷衍して、「上から目線」などど反発もされてきたのだろうなと思うが、そういった "opinionate" な性格はなかなか変えられないでいる。

作中で広報宣伝部に異動になりながら、馬締のことを心配し、フォローし続ける同僚の西岡正志が心の中で馬締を励ます言葉が妙に印象に残ったので書き留めておく。

「ちょっと力を抜けや、まじめ、じゃないと、おまえのまわりのひとはみんな、いつか息を詰まらせる。大きすぎる期待や要求は毒だ。おまえ自身だって、求めただけの反応を得られず、やがて疲れてしまうだろう。疲れて、諦めて、だれにも頼れず一人になってしまう。」

馬締はその期待に応えて見事辞書を完成させるのだが、それは実際に小説を読んで確かめられるのが良いと思う。

この小説は翌年に松田龍平と宮崎あおいのW主演で映画化され、かなりのヒットになったようだ。DVDになっているようなのでまた観てみようと思ったことだよ。webで映画のフラッシュが紹介されていたので、自分が読んだ時のイメージに近いものを一部使わせていただいた。


舟を編む (光文社文庫)


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