SSブログ

小説『木漏れ日に泳ぐ魚』雑感 [読書]

001.jpg
恩田陸さんは、SF・ミステリー・冒険小説・ホラー・青春小説・音楽小説など幅広いジャンルの作品を執筆してきている。それは今まで読んだ作品を並べてみてもよくわかる(『光の帝国 常野物語』『夜のピクニック』『蜜蜂と遠雷』など)。小説を書き始めた頃作った「構想リスト」をほぼ作品化しているそうだが、「こんな作品を書きたい」とまず着想し、それを具現化するためには膨大な取材と読書量が必要だと思うと、何をやるにも億劫がってぐずぐずしてしまう身としては計り知れない感じがする。
002.jpg
本作は上のどのジャンルに当たるのだろう。一組の男女が別れようとする、その最後の夜が描かれているということでいえば、恋愛小説といえるだろうが、このカップルは普通の男女の関係とはかなり異なる。二人の出会いから最後の別れの日を迎えるまでのことが、幼少期や一年前などの追憶を行ったり来たりさせながら語られて、次第に真実?が明らかにされていく、という流れはミステリーと言ってもいいようで、読み始めたら一気に終りまで読まずにいられなかった。
003.jpg
語り口も基本的には二人の会話によって成り立っているのだが、章毎に主人公の二人(千尋と千明)が交互に主体となり、それぞれの内心の葛藤なども描かれているので、演劇の「二人劇」に似ていながら更に重層的な世界を描いているように見える。これを「二人劇」でやってみたらどういう風になるのかなということも興味がそそられる。ただ、シチュエーションなどがかなり架空の設定のようでもあるので、読み終わってみるとやや人工的な臭いがしたのが残念であった。壮大な実験作といってもいいのかもしれない。
004.jpg
作中で漱石の『こころ』の一節が引用されている場面がある。『こころ』は主人公の「先生」が「遺書」の形で独白するという設定になっている。先生が友人のKを裏切り、それが原因でKが自殺したのだと知った瞬間「「もう取り返しがつかないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯をものすごく照らしました。」と思ったという場面である。人間はこの先生のような<罪>を不可避に持っていて、我々はそれを背負って生きていかねばならないとすると、この二人の<罪>とはいかなるものだろう。この作品のモチーフはもう一つの『こころ』を書いてみたいということだったのかもしれない。
005.jpg
終わりの方で、二人が<恋>をしても良い関係であるということが分かって、千明の中から相手に対する切ないほどの思いが消えていくという描写があった。「愛する」ということは所詮「自己愛」を相手に投射したものであって、禁じられているということから解放されると、途端に思いは色あせていくものなのだ、ということなのだろうか。

ネタバレしないように書くのは難しいな、と思いながら書いてきたが、実験作であるということを差し引いても面白く読めるので、是非一読されることをお薦めする。最後に、少し前に観た再放送テレビドラマ『ゴンゾウ』の中で真犯人が口癖のように口走る「この世界に、愛は、あるの?」という言葉が、この小説を読んだとき妙にオーバーラップしたことだよ、と付け加えておく。


木洩れ日に泳ぐ魚 (文春文庫)


nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ: