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小説『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)雑感 [読書]

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恩田陸の小説はずいぶん前に『光の帝国(常野物語 )』を読んで、その不思議な世界観に惹き込まれた覚えがある。また、2004年に本屋大賞を受賞した『夜のピクニック』を読んだくらいである。「夜ピク」は自分の高校にも似たような行事があったので読んだのだが、80kmを歩き通すだけというある意味地味な行事の中に様々なドラマが語られていて、その構想力・筆力に驚かされた。高校の愛称が「北高」だったのにも親近感を覚えたのかもしれない。

『蜜蜂と遠雷』は二度目の本屋大賞と直木賞のダブル受賞ということで、読んでみようと思った。ピアノコンクールを描いた作品なので、門外漢にはとっつきにくいのかなとも思ったが、ピアノの楽曲に詳しくない人でも大丈夫ということなので。図書館には10冊ほどあったが全て貸し出し中だったので(350人の待ちだと後で知った)、ふと思いついて受賞作掲載の「オール読物3月号」を借りてみた。確かに載ってはいたが、「~抄」とあって、???と思って読んでいくと100頁までで終わっていた(笑)。やはり芥川賞のようにはいかないなあと思い知らされた。二週間経って待ちきれずBook off で買ってしまった。Book offでも人気作は結構な値段になるんだなと初めて知った。
初出の雑誌挿絵。
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前置きが長くなってしまったが、物語は「芳ヶ江国際ピアノコンクール」(「浜松国際ピアノコンクール」がモデルらしい)の初めから本選に至るまでの10数日を描いたものである。と書くとこれが小説になるのだろうか、と思ってしまうのだが、主に四人の才能あるピアニストに焦点を当て、彼らのコンクールに至るまでの生育歴や師匠・家族との関わりなどがフィードバックされ、重層的な物語となっていた。雑誌で100頁読んだ後、続きが読みたいのを我慢していたせいか、買った後は一気に読んでしまった。小説の中でも誰かが言っていたが、甲子園で一番面白いのは準々決勝だというのと同じく、二次予選ぐらいが一番面白かったように思われた。主人公達がコンクールの中で変化し、成長していくさまが読み取れるからだろう。
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曲が演奏される場面の描写もまた素晴らしかった。曲を知らなくても(知らないからこそ?)曲想が目の前によみがえってくるような気にさせられた。作者は言葉で音楽を演奏しているのだと思った。いくら取材を重ね、実際のコンクールを何度も聴いたとしても、ここまで再現性のある描写は出来まいと思って読んでいたが、調べてみると作者自身引越しの多かった幼少期の環境の中で「ピアノを習い、広く音楽を知る先生に学び」また大学では「ビッグバンドでアルト・サックスを演奏」(wiki)していたと知って、なるほどとうなずけるものがあった。そうした作者の体験・素養は作中の随所に反映されているように思われた。
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クラシック音楽について語れる何ほどのものも持ち合わせてはいないのだが、このようなコンクールにおいては特に、作曲者の意図を探り、それを忠実に再現しなくてはならないと考えられているようだ。そこから逸脱すると評価が下がったり、下手をすると失格になったりする。だが、音楽とは本来そういうものではないのではないか、という疑問がこの作品の基底に流れている。この世界、自然の中は様々な音(音楽。蜜蜂の羽音や遠雷の響きのような)に満ち満ちていて、古今の天才たちはたまたまそれを譜面に書き留めただけに過ぎない。後世の解釈によってがんじがらめになっているクラシック音楽の「音を外へ連れ出」さなくてはならないのではないか。

それを最も体現しているのが「蜜蜂王子」こと風間塵という自然児であり、彼に触発されて残りの3人も自分の殻を破っていく。もともとそのような資質があったからだろうが、彼らが身をよじるように自らの旧い殻を脱ぎ捨てていく過程はいじらしくも美しい。自分のような凡庸な人間にもいくつかは思い当たることもあって、読んでしまったらまたBook off にと思っていたが、もうしばらく手元に置いて、ところどころ読み返してみようかな、と思ったことだよ。
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小説に併せて音楽集CDも出ているが、youtube にも小説登場順のプレイリストが上げられているのが、この小説の人気を何よりも物語っているようだ。
youtube 蜜蜂と遠雷(本文登場順)



蜜蜂と遠雷


蜜蜂と遠雷 音楽集


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