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映画『おらおらでひとりいぐも』@109シネマズHAT神戸 [映画]

映画『おらおらでひとりいぐも』
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この映画の原作は2017年に芥川賞を受賞した若竹千佐子の同名小説である。当時TVで紹介されているのを観て興味を持っていたが、その後読もうと思いながら忘れていた。タイミングを逃すとすぐ過去のものになってしまう。55歳のときに夫に先立たれ、それから小説修行を始めたと聞いて驚いたものだった。「年老いても咲きたての薔薇」という茨木のり子の詩を連想したり、中年の星だなと思ったりしていた。もう一つ興味をそそられたのは標題であった。これは宮沢賢治の詩『永訣の朝』の中の言葉だろうと思ったので、賢治に関わる何かが書かれているのかな、と思っていたが違っていた。賢治の詩では、もうすぐ死のうとしている最愛の妹であり同志でもあった賢治の妹とし子とのやり取りが描かれていたのだった。妹を失う悲しみに浸っているかのような賢治を見て妹が発した言葉が上記の言葉だったのだ。詩では「Ora Orade Shitori egumo」とローマ字表記になっていた。衆生のために生きようとしていながら、妹の死を受け止められずにいる賢治を叱咤し、励ます言葉であったようにも思われた。
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翻ってこの映画(小説)では、突然愛する夫に先立たれ、生きる意味を失おうとしていた主人公の桃子が、自身との対話を重ねる中で、次第に「おらおらでひとりいぐも」という心境になっていくという内心のドラマが描かれていた。夫の死の意味を自分に問い返しているうちに、自分の内なる声が聞こえてきて、その声は一人二人と増えてきて…という具合に物語は展開していく。「おらだばおめだ、おめだばおらだ」とささやきかける内心の声とのやり取りを映像化するのは難しいだろうなと思ったが、映画では濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎という個性あふれるキャラクターが出てきて桃子とやり取りするという手法で、なかなか面白いやり方だと思ったことだ。
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75歳の主人公桃子を演じているのは田中裕子で、白髪のわりに若々しい肌にやや違和感があったが、逆に彼女の飄々とした演技が、暗くなりがちなテーマのこの映画に、何か明るい未来さえ感じさせてくれて、この映画に救いをもたらしているともいえる。若き日々の回想の中の桃子役は蒼井優が演じていて適役と思ったが、亡くなった夫の周造役をあの東出昌大が演じていて、こちらは若い頃から死ぬまでを一人で演じていた。桃子の心の中では、いつまでも若い頃のままだということなのだろうか。
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桃子は、岩手の片田舎で息苦しさを感じながら成長し、意に添わぬ結婚から逃げるように、そして「自由な女」になるために家を飛び出して東京に出てくる。自分も含めて地方から都会に出て働いていた同時代の若者はおおむね同じような気分であったように思う。だから「それで自由になったのかい」と自分自身にも問いかけながら観てしまった。映画の中の桃子は、自由を求めて都会に出てきたはずなのに、今度は愛する夫に尽くすという形で自由を奪われる人生を歩んだのだろうか。夫に先立たれ子供たちは離れていくという時になって、初めて「心の自在さ」を手に入れたということなのだろうか。もしそうなら自分のこれからの人生もそう捨てたもんじゃないのかも知れないけど。「自由」という概念の難しさについては、前にクリストファーソンの歌について書いた時少し触れた(俺とボビー・マギー)が、死ぬまでこの問いは続くんだろうな。
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桃子は単調な日々の中で内なる声を聞いていると、あれほど忌み嫌っていた故郷の方言でしゃべっていることに気が付く。遠い過去からつながっている命の連鎖の中に、自分もいるのだと思い至る。そして毎日図書館に通い、地球が誕生してからの46億年の生命の歴史を調べる日々を送る。気の遠くなるような時の流れの中で、一人の人間の生き死にはどういう意味があるのか…。これまたなかなか重いテーマで、この稿でこれ以上書くのは難しいのでここで筆を止めるが、こうした重いテーマを軽やかな描写で展開するこのドラマは、様々な含蓄を含んでいて、観る者にもう一度自分と自分を取り巻く世界に思いを馳せることを促す、そんな映画だったなと思ったことだよ。
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おらおらでひとりいぐも (河出文庫)


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