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映画『沈黙ーサイレンスー』@109シネマズHAT神戸 [映画]

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『沈黙』(ちんもく)は、遠藤周作が1966年に書いた小説で、高校の終わりごろか大学の初めに読んだと思う。71年に篠田正浩監督により、『沈黙 SILENCE』の題名で映画化されたそうだがそれを観た記憶はない。今回アメリカ人のマーティン・スコセッシ監督によって映画化されたと聞いて観にいった。戦国時代から江戸初期にかけての日本でのキリシタン弾圧の歴史と日本人である遠藤周作から見たキリスト教観・宗教観がスコセッシ監督や現地の脚本家やスタッフにどう受け止められているのかを知りたく思ったのであった。
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スコセッシ監督についてよく知っているわけではないが、あの『タクシー・ドライバー』の監督だったらしい。また、ザ・バンドの解散コンサートを撮った『ラスト・ワルツ』などの音楽ドキュメンタリー映画も手がけていたらしいと知って親近感を覚えた。彼は88年に原作の小説を読んで衝撃を受け、以来いつか映画化しようと構想を温めていたという。映画を観てまず思ったのは、非常に原作に忠実に映像化していて、まるでドキュメンタリー映画のようだと思った。
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島原の乱が終息した後の日本に、ポルトガルからイエズス会の宣教師であるセバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルペ神父がやってくる。彼らはかつて師であったクリストヴァン・フェレイラ神父が、日本で棄教したという噂を信じられず、その真偽を確かめるために来たのだった。彼らは中国・マカオで、日本人の漁師にしてキリシタンでもあるキチジローを知り、その手引きで五島列島の近くのトモギ村に侵入する。弾圧を避け隠れキリシタンとなっている村人達と交流し、布教は順調に進むと思われたが…。
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スタッフが世界中を探して、江戸初期の日本の漁村の風景に相応しいとロケ地に選んだという、台湾の海山の情景は素晴らしかった。また日本の俳優陣も素晴らしく、自らもかつてキリシタンであって、日本にはキリスト教は根付かないという確信を持っている長崎奉行・井上筑後守を演じるイッセー尾形、同じく通辞役の浅野忠信、そして自らの心の弱さから家族が処刑された中で一人転び(棄教し)、今回も信者である村人や二人の神父を裏切りながら、なおも自らの救いを求め続ける漁師キチジロー役の窪塚洋介が特に印象に残った。イッセー尾形の演技はかの地でも絶賛されたという。
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言うまでもなく「沈黙」とという表題は、このような迫害を受け続ける神父や信徒達に対して神がなんら恩恵を与えてくれない(沈黙している)ように見えることを指しているのであるが、ロドリゴが、自分が棄教しないことによって信者達が殺されていく状況(筑後守が作り出したものだが)を前についに棄教する。そのとき内なる神の声が聞こえる。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。」
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この言葉をかの地の現代のキリスト教信者たちがどう受け止めているのかは興味深いことである。現世利益的な救いの感じられない中で信仰は成り立つであろうかという問いかけは、仏教でもイスラム教でも同じ重みを持っているように思われる。隠れキリシタン達が「死んだらパライソ(天国)に行ける」と信じていることに違和感を覚える神父たちの考える教義とは、など初読から40年たった今も答えは見出せないでいるのだが、これは無神論的な立場に立つからなのだろうか。

フェレイラは「この国は(すべてのものを腐らせていく)沼だ」と言い、筑後守たちも同じ考えのようだがどうだろうか。戦国時代の末期に各地で起こった一向一揆と戦国大名たちがその鎮圧に苦労したことからも、この国の人々に宗教的なパッションが全くないとも思われない。むしろ戦国~江戸初期に国内の宗教を弾圧し、檀家制度などによって日本の宗教を有名無実にしていった、当時の為政者たちのやり方にも、この国に宗教が根付きにくい何かがあるような気もする。
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筑後守が編み出した「自分のしたことが同胞たちに危害を及ぼす」という状況を前面に出すことによって、自らの信念を曲げさせるという論理は、現代に至っても様々な組織の中で、組織を守るための論理として、あらゆる場面で蔓延し続けてているように思われる。こういう負の連鎖を断ち切らない限り、組織は腐ってはやり直すということを繰り返していくのだろう、と映画からかなり飛躍した感想を持ってしまったのであったよ。

エンドロールが始まったとき、全く音楽が流れず、たた波の音がかすかに聞こえていただけだったのに驚いたが、振り返ってみると全編にわたってバックミュージックというものがなかったことに改めて気付いた。音楽ドキュメンタリーを得意としている監督なのにと思ったが、表題の「沈黙」がこんな形で表現されていたんだな、と改めて思い、それでいて160分の長さを感じさせなかったことにも舌を巻いたのだった。

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