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小説『スクラップ・アンド・ビルド』雑感 [読書]

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去年の芥川賞でお笑いコンビ「ピース」の又吉さんの小説「火花」と同時受賞したのがこの小説で、これもいい作品だとは聞いていたのだが、読まずにいた。今回ドラマ化されると知って録画したのだが、調べるうちにそのことが分かって、前に買っていた雑誌の受賞特集号を探し出して読んでみた。その後でドラマも見たが、大筋では重なっているものの、小説で言わんとしていることとかなりずれがあるように感じられた。小説では現代の老人介護や老人医療のあり方に対してかなり批判的な部分があり、そこがテレビドラマでは描きづらかったのだろうか、と思ったりした。テレビドラマの限界を示しているのかもしれない。映画化されたらどのように作られるのだろうかという期待も生まれた。
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主人公の健斗(28)は、勤務していたカーディーラーの会社に嫌気がさして仕事を辞め、行政書士資格試験に向けての勉強をしながら就職活動をしているが、企業の中途採用試験には落ち続け、挫折感を感じながら無為に日々を送っている。4歳年下の彼女亜美とラブホテルに行って、性欲を発散させていたが、それも惰性的な関係でしかなかった。
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健斗は東京の郊外のかつての新興住宅地(多摩ニュータウウン?)のマンションに母親と暮らしているが、87歳になる祖父が兄弟中をたらい回しされた挙句転がり込んできている。祖父は要介護の身であるが大きな病気もしておらず、年齢からすれば健康体といっていいが、体が思うようには動かず、「もう死んだほうがよか」という言葉を繰り返している。そんな祖父に辟易としていたが、ある時「生きる希望もなく、毎日ただ天井を見つめている生活を続けるくらいなら、いっそ手厚く介護して早く安らかな尊厳死を迎える手助けをした方が本人の希望に沿っているのではないか」と思い始める…。
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健斗を通して「患者を薬漬けにして弱らせる病院」や「過剰な足し算の介護をして弱らせる介護施設」への批判が語られるのだが、なるほどとうなずける点も少なからずあった。自分も、死期が近くなりそれまでの投薬をほとんどやめたら、逆に体調が回復してきた(一時的ではあったが)例を身近で見たことがあるし、対症療法的に投薬をする医療(西洋医学?)のあり方にはやや懐疑的であったので、腑に落ちた。また施設に入って手厚い介護を受けてどんどん歩く力が弱り、認知症も進んでいく例も見てきたように思う。

日本では特にどんなに先進的な施設でも、あるいは親族の介護でも「やさしくしてあげないと可哀想」的な感情が入ってしまいがちなのかなあとも思う。

そんな健斗は、祖父を「手厚く介護」するために身体を鍛える中で、肉体を痛めつけることによって筋肉が再構築される(スクラップ・アンド・ビルド)という感覚を実感して、自分の中の本能的な「生きる意欲」に気付かされる。一方の祖父も「もう死んだほうがよか」とつぶやく反面、介護施設先で若いヘルパーの女性に性欲を持つ場面や、風呂場で溺れそうになり、助かって健斗に感謝する場面などから、彼にもまだ「生きる意欲」が残っているのだということを見せ付けられたりする。どちらが本当の祖父なのかと揺れ動く健斗であるが、それは誰にも分からないことなのかもしれない。
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若い健斗にも祖父にも、そして「引き算の介護」をして祖父を元気にしようとして、厳しい態度をとっている健斗の母親にも、「死んだほうがよか」と思う瞬間は必ずあるはずで、人間はそのように「希望と絶望」を繰り返して生きていく生き物なのだ、ということなのかもしれない。ともすれば暗くなりがちなテーマを、ユーモアのある筆致でうまく描いてあるし、現代日本の社会の持つ様々な問題点がちりばめられていて、すばらしい作品になっていると感じた。

「スクラップ・アンド・ビルド」という語は「老朽化して非効率な工場設備や行政機構を廃棄・廃止して、新しい生産施設・行政機構におきかえることによって、生産設備・行政機構の集中化、効率化などを実現すること。」(wiki)とある。私は「一つのものを修理しながら大切に使うのではなく、壊れたらどんどん新しいものを購入させる現代産業のやり方」のようなものだと受け止めていたが、そう大きくはずれてもいないだろうと今でも思っている。この小説での使われ方も「破壊と再構築を繰り返して再生する」という前向きな意味(ドラマではそちらに力点が置かれていたようだ)もあるだろうが、同時に「破壊と再構築を繰り返すだけの不毛な現代」への批判もあるのではないか、と思ったことだよ。
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