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小説『ジニのパズル』雑感 [読書]

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少し前、芥川賞を受賞した小説『コンビニ人間』を読んだが、その選評で受賞作に劣らぬ高評価を得た作品、と書いてあったので読んでみることにした。芥川賞候補になる前に第59回群像新人文学賞を受賞したようなので、図書館で「群像」の6月号を借りてきた。バックナンバーが借りられるというのはいいね。

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作者の崔実(チェシル)さんは在日韓国人3世で現在30歳の美しい女性である。小説の主人公パク・ジニとはかなりの度合いで作者自身とシンクロしていると思われるが、それは横に置いておいて主人公の足跡をたどっておこう。ジニは小学校時代はエスカレーター式の日本語学校に通っていた。その頃のことをこう言っている。「この日本で在日韓国人として生まれ、日本の学校に入学した日から、必然的に二つの選択肢を迫られるようになる…。それは『誰よりも先に大人になるか、それとも他の子供のように暴れまわるか。』」だと。彼女は前者を選んだが、それでも学年が進むにつれ、いわれなき侮蔑の言葉を級友から浴びせられるようになる。

中学生になり、彼女は既定路線のように、あるいはそれまでの生活から逃れるように、朝鮮学校に入学する。だが、朝鮮語も喋れない彼女にとって、そこは更なる異世界でしかなかった。授業や級友たちの対応に違和感しか感じられずますます孤立化していくジニだが、中でもどうしようもなく違和感を感じずにいられなかったのは、教室の前に飾られている二人の北朝鮮指導者の肖像画だった。

彼女の祖父は、ずいぶん前に日本を捨てて北朝鮮に渡っていく。時々送られる祖父からの手紙は、彼がかの地で幸せに暮らしていると書かれてあったが、実情はそれとはかけ離れたものであったことが容易に推察できた。北朝鮮への帰還運動1950年代から1980年代にかけ行なわれ、朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」などと宣伝し、在日朝鮮人とその家族の多くを永住帰国・移住させた。だがそれは真っ赤な嘘で、帰国者たちは強制労働の末ボロボロになって死んでいった、というのは私たちにも切れ切れに情報が伝わってくる。そういった情報を朝鮮学校の内部からの目で紹介した部分は、それだけでも私たちには衝撃的だろうと思われる。

当初の目論見とは大きく乖離した北朝鮮の現状と、そこから目をそむけているとしか見えない大人たち(朝鮮学校の?)の中にあって、彼女は次第に追い詰められ、北朝鮮によるテポドンの発射とそれに伴う彼女や級友たちが受けた仕打ちの数々に、ついに爆発する。「革命家の卵」として…。

その後の彼女は自分の起こした事件のために学校を追われ、ハワイへそしてアメリカ本土のオレゴンの学校へと転校(留学)を余儀なくされるが、どこに行っても彼女の安住の地はなかった。周囲の世界と相容れないという認識しか持てないという意味では、先に読んだ『コンビニ人間』の主人公と似ているといえなくもない。置かれている状況はまったく異なるのだが。ある種の鋭い感性が周囲の世界に直面すると同じような化学反応をしてしまうということなのだろうか。

「空が今にも落ちて来そう」としか思えないでいる彼女も、オレゴンのホームステイ先のステファニーとのやり取りの中で救われたのだろうか。ただ、彼女の起こしたささやかな<革命>が、そして「世界中に埋もれている少数派の人達」の一人として作者が書いたこの小説が、混沌としつつまた爆発寸前のようにも思えるこの世界に、一つの風穴を開けたのかもしれないとは思う。選評では、「素晴らしい才能がドラゴンのように出現した!」(辻原登)と絶賛されているが、確かにそうだと思う。文体の揺れとか若干あってもそれを凌駕する圧倒的な筆力である。次回作が楽しみであるが、一方で、このような作品を書いてしまったら次が大変だなあ、と余計な心配をしてしまうのであったよ。

ジニのパズル


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