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小説『向日葵の咲かない夏』(道尾秀介)雑感 [読書]

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この小説は図書館にいた時見たような気がしていたが、違っていたかもしれない。読む前は少年が主人公の、ひと夏の体験を描いた青春小説かな、と思っていた。詠み始めてみると、少年が主人公ではあったが、残虐なシーンの多いホラー・ミステリーとでも呼ぶべきものだった。この手の小説はあまり読んだことがなかったので、得がたい体験をしたとは思った。

輪廻転生の思想に基づく「生まれ変わり」というのは中島敦の『山月記』やカフカの『変身』などがある(カフカは転生思想はないかも)が、どちらもそういう設定を通して近代人の心の中に潜む「病理」のようなものが描かれていたように思う。この小説ではむしろ事件の真実を最後まで隠すトリックの一つとして使われているような気がする。初めは自殺(他殺かも)した旧友のS君が蜘蛛に変身してミチオの前に現れるのだが、変身していたのはS君だけではなかった…。
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作中では三件の殺人(自殺かもというのと殺人とはいえないかもというのを含む)と十件あまりの犬・猫の虐殺が出てくるが、どこまでが現実に起こったことで、どこまでがミチオの幻想なのかが、やや不分明である。ただ物語の展開は緻密で、いたるところに伏線が張ってあり、首尾一貫させる筆力は並外れたものがある。少し前に読んだ二作にはどこか習作めいた部分が垣間見られたものだが、この作品には無駄な描写が一切ないように見えたのも、この人の作家としての資質が非常に高いことを表しているように思われた。

謎解きがメインのようにも思えたので、登場人物たちが抱えている問題については、やや掘り下げが浅いような気もした。いじめの問題を抱えているS君、ロリータ趣味的な性的倒錯に陥っている担任教師など、現代社会の暗部をとり上げていながら、それを深めようという意図はあまり感じられなかった。ただ、主人公が蜘蛛になったS君を殺そうとするとき、自分の中に潜んでいた「残酷な気持ち」に驚く場面があり、そこだけが妙にリアルだった。

この小説は、やはりホラー・ミステリーの体裁をとりながら、どの人間の中にも潜む病理=心の闇をミチオの幻想を通して描こうとしたのかなとも思った。別の作品を読んでみないとそれは分からないのかもしれない。いずれにしても、この酷暑に読むと3℃くらい体感気温が下がる小説であったことだよww


向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)


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