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映画『Arc アーク』@109シネマズHAT神戸 [映画]

映画『Arc アーク』@109シネマズHAT神戸
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少し前にドラマ10で『半径5メートル』というドラマをやっていて、何とはなしに見ていたが、なかなか面白かったので最後まで見た。「半径5メートル」の足もとから世の中が見える…、というキャッチフレーズで、雑誌社を舞台にしながら、身近な視座から世相を切り取ってみるとどうなるか、という作品であった。主役を演じていたのが、昔朝ドラ『べっぴんさん』のヒロインを演じていた芳根京子だった。久しぶりに観たと思うが、何となく儚げで頼りなさそうな中に芯の強さを感じさせる役柄をうまく演じているように見えた。
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そんな彼女が主演する映画『Arc アーク』の初日舞台挨拶の記事をネットで見て、これはめぐり合わせかなと思って観ることにした(笑)。原作は中国系アメリカ人のSF作家ケン・リュウ氏による短編小説『円弧』で、「30歳のまま一切老いなくなった不老不死の女性・リナ(芳根)を主人公とする物語。芳根は本作で19歳から100歳超までと幅広い年齢層を演じた。」とのことだった。SF映画はあまり観ないのだが、コロナ禍の巣籠り生活に飽いたからなのかもしれない。

映画を観ての第一印象は、それほどSF的ではなかったということだ。所どころ特撮を取り入れているようだが、それは実写では無理な部分を補う程度のもののように見えた。
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物語の前半は、すれっからしの少女だったリナ(芳根)が、ひょんなことから「ボディワークス」の主宰者エマ(寺島しのぶ)に拾われ、そこで働くようになる。この会社は、大切な人の遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術する(プラスティネーション)というものだった。このやり方は古代エジプトのミイラに始まり、人類の歴史の中で連綿と続いている営為の現代版ともいえるように思われた。
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私自身の経験から言うと、祖母の時までは土葬だったのに、父の時から火葬になったことを否応なしに受け入れたということがある。火葬を当然のこと(仕方のないこと)として受け止めているが、灰になるのは忍びないというのも分からないでもない。ただ、この物語のように半永久に生きていた時の姿を残すのも何だかなあと思ってしまう。
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後半は、エマの弟で天才科学者の天音(岡田将生)が、ボディワークスの技術を発展させた不老不死の施術を編み出し、リナは最初の施術を受けた女性となる。エマの施術の中に不老不死への願いが内包されていたものを、弟が突き進めていったのだとも考えられる。「永遠の若さ」とはまた、現代社会における「アンチエイジング」の考え方の先にあるものとも言えるだろう。不死の人間だらけになった社会はいったいどうなるだろうか、というのが後半の展開なのだが、元々荒唐無稽な仮説であるがゆえに、多くの矛盾や突っ込みどころ満載のお話になってしまったようだ。
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こういうお話にリアリティを求めるのは所詮無理な話ではあるのだが、永遠の若さを手に入れることによる様々な矛盾について、突っ込んだりしながら、逆に限りある命の尊さに思いを致す、というのがこの映画の観方の一つなのかもしれない。「30歳の頃にもう一度戻れたら」と考える自分に、「何度も30歳=人生をやり直せたら本当にいいのかい?」と自問するように。
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150歳を過ぎたリナは、ついに不老不死の施術を停止し、自然な老いと死を迎えようとする。彼女が若い頃捨てた息子(小林薫)が、自分よりはるかに年上になって現れ、不老不死の施術を拒否し、末期がんの妻(風吹ジュン)と生死を共にしたいと考えてから50年の歳月が経っていた。それだけの時間をかけてやっと、彼女は自分たちのしてきたことの無意味さに気が付いたということなのだろうか。
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最後に、これほどの科学の進歩の中にあって、人々の生活風景は現代日本のそれと同じにしか見えないし、癌も撲滅出来ていてもいいのになあ、といろいろ突っ込みながら観ていたが、作品にとってそういうことはどうでもよかったのだろうな、とも思った。作者は壮大な仮説を投げかけて、限りある命を生きるとは、人類の進歩とは、について考えてほしかっただけなのかもしれない。主演の芳根さんはこの作品でも、どこか頼りなげな中に芯の強さを感じさせる演技をしていた。これが彼女の真骨頂なのかな、と思ったことだよ。

映画『Arc アーク』予告編


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