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映画『殯の森』(2007)@TUTAYA [映画]

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映画『殯の森』(もがり の もり)は、2007年に発表され、第60回カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールに次ぐ、審査員特別大賞「グランプリ」を受賞した作品である。先日彼女の最新作である『光』を観て、「ああ、奈良の山々が彼女の原点なんだなあ」と思い、奈良の深い森を舞台にしたこの作品もDVDで観てみようと思った。ちょうどTUTAYAの更新のハガキが来ていたのでそのついでに借りることに。何か一年に一回しか利用してない気もするなあ。
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「殯(もがり)は日本の古代に行なわれていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでの期間、棺に遺体を仮に納めて安置し、別れを惜しむこと、またその棺を安置する場所を指す。」(wiki)映画の冒頭部分で葬送の場面が出てくるが、最近はこのような土葬の場面を目にすることはないので、分かりにくかった人も多かったと思う。私の故郷では私が大学生の頃までは土葬だったので、これに近い情景を見た記憶がある。この映画が2014年の『2つ目の窓』で描かれている世界に近い死生観がある、と何かのレビューに書かれていたが、奈良の山村でももう喪われている「原始宗教」的な死生観が奄美の島の一部には残
っていたということなのかな。
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奈良の山間部に、認知症の老人たちが介護者と暮らすグループホームがある。患者のひとりしげき(うだしげき)は、33年前に亡くした妻を忘れられずにいる。そこに介護福祉士の真千子(尾野真千子)が新しく赴任してきた。彼女もまた幼いわが子を(たぶん洪水で)死なせてしまったことのトラウマから抜け出せずにいた。ある時真千子はしげきを車に乗せてどこかへ向かうが、途中で車が脱輪し、真千子が助けを探しに行っている間に、しげきがいなくなる。やっと見つけたと思ったら二人は深い森の中に迷い込んで…。

奈良の深い森の中の情景は美しいが、何かこの世とあの世の境目のような不気味さも持っている。自分が山歩きをしている時もそれに似た感じを受ける時もあるが、森の中には人間の営みから隔絶された世界が残っている感じがする。
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「こうせなあかん、ていうことないから」という言葉は介護の仕事に行き詰まった真千子に同僚の和歌子がかけた言葉であるが、それは人の生き死にに対する私たちの認識のありようについても言えることなのかな、と思った。映画の中でも、しげきの妻真子の33回忌は死者が完全に「仏の世界」に行って、もうこちらの世界には帰ってこないという仏教的な説明もしていたが、様々な宗教的認識が混在する中で、やはり「こうせなあかん、ていうことないから」と考えるしかないのではないかと思う。
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河瀬監督は「生き残った者と死者との『結び目のようなあわい(間・関係)を描く物語』を目指した」ということだが、それぞれの人間がそれぞれの受け止め方で「生と死」を受け止めようとしている様を、あたう限り虚心にとらえようとした作品といえるのかもしれない。この作品が海外で高い評価を得たということは驚くほかはないが、どんな地域どんな宗教の根底にもある「感覚」のようなものを捉え得ていたからなのかもしれない。
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<参考記事>
2つ目の窓(2014年)
あん(2015年)
(2017年)

<追記>
本日、当ブログのアクセス数が20万アクセスに到達しました。この数が多いのか少ないのかはよく分かりません。車でも10万km越えは何度かあるけど、20万越えはないなあというくらい(笑)。でも読んでいただけることが書く上で大いに励みになっていることだけは確かなので、今後ともお立ち寄りいただければ幸甚です。
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