恋はフェニックス[私の好きな20世紀の唄たち]vol.12 [20世紀の歌]
恋はフェニックス( By The Time I Get To Phoenix )
Words & Music by Jimmy Webb
Recorded by Glen Campbell
恋はフェニックスという邦題からすると,どんなロマンチックな恋の歌かと思うが,これは別れの歌である。60年代から70年代にかけての洋楽の題名は「恋は~」とか「悲しき~」など内容と関係なく?付けられるものが多かった。この名を付ければ売れるというジンクスのようなものがあったのだろうか。この曲は作者のジミー・ウェブにとっても歌ったグレン・キャンベルにとっても出世作となった(68年)。グレンはスタジオミュージシャン(ギター)としての長い下積みを経てこの曲でスーパースターになったが,まだカントリー・ロックが流行る前,カントリーの側からロック・ポップスにクロスオーバーしていった中の一人だと思う。スタジオ・ミュージシャンとして多くの音楽に関わっていたからなのかな。
ジミーも,この曲以来グレンをはじめ多くの人に曲を提供して現在に至っているのだが,リフレーンを持たない一続きの物語(バラッド)のような歌詞も,特異なコード進行も彼の才能の非凡さをよく示している。
この歌に出てくる「僕」は年下の男の子で,「彼女」から自立しようとしているのかななどと色々状況を詮索してしまうのだが,遠ざかろうとしながら「彼女」のことが気になって仕方がないところが行間からしみじみと伝わってくる。二人は憎み合って別れたのではない。どんなに愛し合っていても「別れ」なければならないことはある,という「関係」というものの持つ哀しい宿命のようなものを感じさせてくれる歌ではある。
余談だが,この歌が出た頃ある雑誌で,地図上でこの歌に沿って旅をしてみて,「こんなコースはおかしい」と異を唱えた御仁がいたがどうだろうか,お試しあれ。でもそんな詮索をこの歌にするのは,それこそ「野暮」なのかもしれないが。
余談ついでに書いておくと,グレン・キャンベルのヒット曲のひとつ " Gentle On MyMind " を書いたジョン・ハートフォードという人が先日亡くなった(1937~2001)。この歌を書いた後シンガー・ソングライターとして活躍しながら,オールドタイムやブルーグラスなどのルーツ・ミュージックにも傾倒し,それらの保存や継承にも力を注いだ人だった。バンジョー,フィドル(ヴァイオリン)の名手でもあった。謹んで哀悼の意を表する。 ※この稿の初出は2001.7.12に発行したものである。
Youtubeはグレンのライブから
http://www.youtube.com/watch?v=mUg5p3BncuQ
ジョンと競演のGentle On MyMindも付録で
http://www.youtube.com/watch?v=TW7OFAir3OQ&feature=share
恋はフェニックス
フェニックスに着く頃,彼女は目を覚ましているだろう
そしてドアのところにはさんでおいたメモを見つけるだろう
「僕は出ていく」というくだりを読んで笑い出すだろう
前にも何度かおなじようなことがあったから
アルバカーキに着く頃,彼女は仕事に出ているだろう
ランチの途中で家に電話を掛けているかもしれない
でも彼女は呼び出し音がずっとなり続けるのをきくだけ
壁にむなしくひびいて …… それだけ
オクラホマに着く頃彼女はもう寝ているだろう
そっと寝返りを打ち,僕の名を呼んでいるかもしれない
そして泣くだろう,僕が本当に出ていったんだと思って
何度も何度もそのことを告げようとしたのに
彼女は僕が本当に出ていくとは思っていなかった……
Words & Music by Jimmy Webb
Recorded by Glen Campbell
恋はフェニックスという邦題からすると,どんなロマンチックな恋の歌かと思うが,これは別れの歌である。60年代から70年代にかけての洋楽の題名は「恋は~」とか「悲しき~」など内容と関係なく?付けられるものが多かった。この名を付ければ売れるというジンクスのようなものがあったのだろうか。この曲は作者のジミー・ウェブにとっても歌ったグレン・キャンベルにとっても出世作となった(68年)。グレンはスタジオミュージシャン(ギター)としての長い下積みを経てこの曲でスーパースターになったが,まだカントリー・ロックが流行る前,カントリーの側からロック・ポップスにクロスオーバーしていった中の一人だと思う。スタジオ・ミュージシャンとして多くの音楽に関わっていたからなのかな。
ジミーも,この曲以来グレンをはじめ多くの人に曲を提供して現在に至っているのだが,リフレーンを持たない一続きの物語(バラッド)のような歌詞も,特異なコード進行も彼の才能の非凡さをよく示している。
この歌に出てくる「僕」は年下の男の子で,「彼女」から自立しようとしているのかななどと色々状況を詮索してしまうのだが,遠ざかろうとしながら「彼女」のことが気になって仕方がないところが行間からしみじみと伝わってくる。二人は憎み合って別れたのではない。どんなに愛し合っていても「別れ」なければならないことはある,という「関係」というものの持つ哀しい宿命のようなものを感じさせてくれる歌ではある。
余談だが,この歌が出た頃ある雑誌で,地図上でこの歌に沿って旅をしてみて,「こんなコースはおかしい」と異を唱えた御仁がいたがどうだろうか,お試しあれ。でもそんな詮索をこの歌にするのは,それこそ「野暮」なのかもしれないが。
余談ついでに書いておくと,グレン・キャンベルのヒット曲のひとつ " Gentle On MyMind " を書いたジョン・ハートフォードという人が先日亡くなった(1937~2001)。この歌を書いた後シンガー・ソングライターとして活躍しながら,オールドタイムやブルーグラスなどのルーツ・ミュージックにも傾倒し,それらの保存や継承にも力を注いだ人だった。バンジョー,フィドル(ヴァイオリン)の名手でもあった。謹んで哀悼の意を表する。 ※この稿の初出は2001.7.12に発行したものである。
Youtubeはグレンのライブから
http://www.youtube.com/watch?v=mUg5p3BncuQ
ジョンと競演のGentle On MyMindも付録で
http://www.youtube.com/watch?v=TW7OFAir3OQ&feature=share
恋はフェニックス
フェニックスに着く頃,彼女は目を覚ましているだろう
そしてドアのところにはさんでおいたメモを見つけるだろう
「僕は出ていく」というくだりを読んで笑い出すだろう
前にも何度かおなじようなことがあったから
アルバカーキに着く頃,彼女は仕事に出ているだろう
ランチの途中で家に電話を掛けているかもしれない
でも彼女は呼び出し音がずっとなり続けるのをきくだけ
壁にむなしくひびいて …… それだけ
オクラホマに着く頃彼女はもう寝ているだろう
そっと寝返りを打ち,僕の名を呼んでいるかもしれない
そして泣くだろう,僕が本当に出ていったんだと思って
何度も何度もそのことを告げようとしたのに
彼女は僕が本当に出ていくとは思っていなかった……
2015-03-18 13:01
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