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映画『独裁者と小さな孫』@神戸シネリーブル [映画]

『独裁者と小さな孫』(原題:The President)
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この映画はジョージア・フランス・イギリス・ドイツ合作のもので、登場人物はジョージア語を喋っている。ジョージアってアメリカのジョージア州かなと一瞬思ったが、実は黒海の東岸にあるグルジア共和国のことであった。日本での呼称もこの4月に「ジョージア」になったばかりである。グルジアと聞いて思い浮かぶのは、大相撲の力士「 黒海・臥牙丸・栃ノ心」がかの地の出身であるというぐらいである。親日的な国なのかな。
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監督は「カンダハール」などの作品で名声を博したらしいモフセン・マフマルバフという人で、イランのテヘラン生まれの人らしい。中東の紛争についてイスラムの視点から描いたものを観たかったので、この映画を観ようと思ったのだが、実際は架空の国の独裁的大統領が、クーデターで宮殿を逐われ、孫(息子夫婦はテロで殺されたようだ)と二人で逃亡するお話として描かれていた。監督は若い頃イスラム主義に傾倒し、地下活動も行なっていたことがあったようだが、ここではイスラムも反イスラムも超えたところでの普遍的な独裁国家のありようと、それに対する反政府(民主的)活動の両方が、憎悪と暴力の連鎖を繰り返す様を描こうとしたのだと思った。
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架空の設定ということでリアリティが少ないかな、と思いながら観ていたが、彼らが逃亡していく南コーカサスの荒野(あくまでもロケ地だろうということだが)、貧しい村々で民衆が独裁者の圧政に苦しんでいるさま、それを通して感じられる「戦争」の愚かしさなどは生々しく伝わってきて、これは監督自らの過酷な体験が反映されているのだろうと思った。
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大統領(ミシャ)が、唯一残された家族である孫の殿下(ダチ)を気遣う姿は人間的であり、そんな彼が権力を手にする中でいつしか人間性を失い、民衆の気持ちに無感覚になっていった過程が、逃亡中のやり取りの中でよみがえってくる。それは、逃亡する彼を決して赦そうとしない民たちやかつての恋人?(今では売春婦になっている)とのやりとりや、何も知らない無垢な幼児の素朴な疑問に答えようとして答えられず、逆に自らの犯した罪の愚かしさに気付かされるという形で描かれ、見事である。
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一方、圧政に対して立ち上がったはずの革命軍の兵士たちが、同じく圧政に苦しんでいた民衆から略奪を繰り返し、女性たちに暴行した挙句殺戮していく様も生々しく描かれていて、憎悪と暴力の連鎖の中でどちらの側も人間性を失ってしまっている点では変わりがないことをよく示している。そしてこういったことが、この100年のあいだに世界中の様々な場所で、現実に起こっていたのだということを想起させる。

物語の最後の方で孫のダチが「こんなゲーム、もう嫌だ・・・」と言ったのが印象に残る。祖父から逃亡はゲームだよ、となだめすかされていたからだが、同時に人間性を失った者たちによる無感覚な殺戮がまるでシューティングゲームのようだ、ということを示唆してもいる。そしてそれは遠く離れた国々で起こっているこれらの惨劇をまるでゲームのようにしか受け止めていないかもしれない我々にも突きつけられた言葉のようにも感じられた。

考えてみるとなかなか凄惨なお話なのだが、かろうじて救いを感じさせるのは「二人のマリア」の存在(まだその持つ意味についてはぼんやりとしか分からない)と、大統領たちが殺到した革命軍兵士たちや民衆によって処刑されようとしたとき、かつて大統領によって投獄された政治犯の数人が「憎悪と暴力の連鎖を繰り返していいのか」と止めに入る場面である。それは監督自身の願いを反映しているともいえるだろう。

また、逃亡中の大統領が旅芸人の親子に偽装するためにギターを盗み出し、自ら弾いて孫に踊らせるところ(それは最後の場面にも出てくる)に、歌や音楽・舞踊などの芸能の持つ救いとか癒しとかの力が象徴されていたように思われる。そういった音楽の持つ不思議な力についても考えさせられた。
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イスラム的な立場から描かれた映画を観ようと思ったと初めに書いたが、この映画はそうではなかった。でも、かつてはイスラム主義運動に身を投じていた監督が、そういう宗教的な立場を超える普遍的な視点を持ちえたように、イスラムvs.反イスラムというような対立構造とは違う視点を我々も持ちうる、ということを教えてもらったような気がした。

翻って我々の国が中東のさまざまな紛争に対して取りうる態度は、と考えると、キリスト教社会にもイスラム教社会にも属さない、そして第一次大戦の戦後処理から始まる中東の紛争にもほとんど加担してこなかった日本は、唯一と言っていいくらい、それらの立場を超えた視点から提言ができる国のはずだと思う。それが「対テロ」という一点だけで「有志連合」に追従しているかのような現状について、一人ひとりが考えなくてはならないのだ、と強く思ったことだよ。
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