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映画「君が生きた証」@神戸シネリーブル [映画]

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日曜日、雨も降っていたので映画「アメリカン・スナイパー」を見ようと、 umie に行ったところ、駐車場入り口から混んでいて、それでもなんとか映画館までたどり着いて免許証を見せたら、「今日は映画の日なのでそれは必要ありません。横の券売機で購入してください。」と言われた。そうだったんだ、と券売機に向かったが、あと10分ではほとんど残席はなく、「映画の日・雨・日曜日に来たのがそもそも間違い」と思って、購入せずに帰ってきたww

その時webで見てちょっと気になっていた「君が生きた証」を観てみようと思って翌日の今日行ってきた。こちらは日に2度しか上映しないので急いだほうがいいかな、と思ったので。

息子を喪った父親が人生に絶望していたが、息子の遺品の中にあった歌の創作メモとデモCDを聴いて、それを演奏してみようと思い、場末のライブ・バーの飛び入りステージで歌い出し…。という内容のようだったので、瘋癲老人としては自分を重ねられる部分があるのかな、と思っていたのだ。父親サム役を演じたビリー・クラダップは「あの頃ペニー・レインと(題名には見覚えがある)」でロック・ミュージシャンを演じた人らしく、全て吹き替えなしで演じたそうだ。ソロ、息子と同じ世代のクエンティンとのデュエット、他の仲間を加えたバンド演奏、とどれも素晴らしかった。音楽映画としてもレベルの高いものだと思われる。
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ここから後はネタばれになるが、息子ジョシュは大学でで起こった銃乱射事件に巻き込まれて亡くなったということであったが、実は単なる被害者ではなく加害者の側面もあった(詳しくは語られていないが)ことが判ってくる。父親が会社を辞め、妻子と別れ、湖のヨットに引きこもって暮らすということも、バンドが人気を呼び大きなロックフェスのオファーを受けたときサムがためらう理由もそこから判ってくる。

この映画は加害者の家族の視点から描いた数少ない映画のひとつなのだろう。銃社会であるアメリカの病巣をえぐったものであるともいえるが、加害者の関係者というだけで(責任が全くないとは言わないが)父親も母親も、息子の恋人も、その後の人生を変えられてしまう。
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サムと息子が事件の直前に電話で話す場面から映画は始まるのだが、エリートサラリーマンの自慢の息子とその期待に応えようと大学で頑張っている息子の姿が垣間見える。その息子の中には孤独や疎外感、人生への絶望などの気持ちが渦巻いていたのだった。息子の心の真実は彼の書いた歌の中にあった。父親は息子の歌を歌うことによって、息子の心の奥にあったものを知っていく…。

映画の原題は " Rudderless " (舵を失った者)であり、それは彼らのバンドの名でもあるのだが、生きていく道標を失った者たち、サム・クエンティン、そして亡くなったサムの息子のありようを象徴した言葉でもある。もう一度観てよく考えたいと思わせられる映画であった。
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Mitch

ご訪問とnice!、ありがとうございます。
by Mitch (2015-03-05 17:34) 

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