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小説「氷雪の殺人」 [読書]

利尻富士
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内田康夫の小説はひと頃よく読んだ。テレビの浅見光彦シリーズを見てたからというのもあっただろうが、「旅情ミステリー作家」とも言われるように、事件とその地域の土地柄や歴史が絡んだ形で書かれているので、そこに行った後もしくはこれから行こうとする所が描かれたものを読んだ気がする。それならいっそ「浅見光彦のミステリー紀行」を読んだほうが早い、という気もするのだが。

「氷雪の殺人」は図書館でたまたま見つけたので借りてみたのだが、舞台となっている北海道の礼文・利尻島は作者が全国を廻った最後の土地だったと文庫版のあとがきに書いてあった。北海道には何度か行ったが、利尻島には行ったことがない。故郷隠岐と同じくバフンウニの産地だということもあり、美しい利尻富士も見てみたいと思っていたが、この小説を読んでますます行きたくなった。これがこの人の小説の最も魅力を感じるところであるが、推理小説の本筋からははずれているのかな。

小説のあらすじは、通信機器会社のエンジニアの男が利尻富士の5合目あたりで凍死し、自殺と断定されたが、実はそうではないのではないか、ということで、我らが浅見光彦が推理をしていく、というパターンなのだが、その背景にある軍需産業や防衛庁(当時)との関係や、執筆した98年に飛来した北朝鮮のテポドンのことなどがタイムリーに取り上げられており、大戦直後の樺太(サハリン)へのソ連軍の侵攻と、その後のロシアとの関係の変化などと併せて、奥深い作品になっていると思う。

中・韓との関係悪化や、沖縄辺野古の基地移転問題、改憲の論議などで揺れている今の日本を考える上で、私のような浅学な者にも戦後の日本の歩みについて考えさせてくれるものであった。また、利尻島に防衛のためのレーダーサイトを建設する計画があったという設定になっていて、計画が決定した後でその不備がわかったのに、一旦予算化されたものはなんとかして執行しようとする、という愚挙をあえて行なってしまうという、日本的官僚制のあり方に疑義を挟んでいるくだりなど、興味深く読んだ。私の属していた教育現場でさえ、そういったことは強く感じてきたから。

作者は文庫版あとがきの中でこう書いている。「戦後、日本人が喪った最大のものは『覚悟』ではなかっただろうか。」「『有事』のときに和戦いずれを選ぶかも、その結果への覚悟がなければ、国防を論じる資格はない。」この言葉に込められた意味について、じっくり考えてみたいと思った。


氷雪の殺人 (角川文庫)


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